Stanton Barrett
危険を顧みず全力で突っ走るのがスタントンの生き方であり、彼は『究極のスポーツを極める者』としてそれを毎日身をもって経験している。
スタントンはナスカーで数少ないインディペンデントチームのオーナーであり、またドライバーでもある。レースに際しては、直接チームを指揮し、自らはクラッシュと隣り合わせの中、何時間ものレースを200マイルで走り続ける。それがモータースポーツ界で生きるということなのだ。
スタントンは優れたスタントマンとしても有名だ。最近では、ディレクターやプロデューサー業にも頭角を現し始めている。川の上を80フィート飛び越えたり、高さ100フィートのビルから飛び降りたり、ロサンゼルスのビルからビルにバイクで飛び移ったり…スタントンはそのすべてをやってのける。
一方、ニューヨークでは映像ディレクター・プロデューサーとして知られる。30秒のスポットから、ドキュメンタリー、そして現在長編フィルムを制作中だ。また、国際的に活動するマネージメント・エージェンシーを構え、PR活動やファンションブランドを展開している。
また、スタントンはアジア諸国の人々にもナスカーを知ってもらおうと尽力している。最近ではファンや企業スポンサーの間で、アメリカで一番人気のスポーツとして広まりつつある。
スタントン・バレットが究極のスポーツを極めるようになったのはごく自然なことかもしれない。彼の家系はプロのアスリートが多く、彼の才能と業績は遺伝と育った環境の賜物だからだ。
祖父のデイブ・マッコイはUSスキーチームのコーチを務め、アメリカ最大のスキーリゾート・マンモス・マウンテンを創設した。現在も祖父と孫は一緒にモトクロスを楽しむ。母のペニー・マッコイはUSスキーのオリンピック選手であった。15歳の時、最年少女性としてワールドカップでメダルを獲得。母子は今も、スキーとバイクを共に楽しむ。
父スタン・バレットはハリウッドでも指折りのスタントマンで、出演作は200以上にのぼる。1979年、スタンはスペースシャトルの滑走路を、音の伝導より速い、わずか16.8秒、なんと時速1182キロで走り抜けるという偉業を遂げ一躍有名になる。そして、1980年代、ハル・ニードハム、バート・レイノルズ、ポール・ニューマンらと共にスコールバンディットチームでナスカードライバーとしての功績も上げる。父子は、マウンテンバイクやバイクを一緒にする仲だ。
スタントン・バレットは勝負にこだわる。ゴーカートでの28レース中21勝の栄光の後、1992年、オックスフォード・プレインズ・スピードウェイでブナスカーッシュシリーズのデビューを果たす。
以来、ブッシュシリーズではアトランタ・モーター・スピードウェイでの最高5位入賞、8回のトップ10入りを果たしている。
ネクステルカップには1999年から22レースに参戦。これに先立ち、1991年のグッディダッシュシリーズを6位でフィニッシュ(ポイント制)。6レースを残す段階では2位まで追い上げた。
1993年、スタントンは13レース中9回トップ3でフィニッシュ、9回ポールポジションを獲得した。また、ARCAレースでは3回のトップ5完走、15回の参戦を果たした。
近年では、ボブスレーの大会にも出場。ジェフ・ボーディン・ボブスレー・チャレンジというTV番組にも出演。数回のトレーニングをしただけで、アマチュアのトップ選手の仲間入りをした。
スタントマンとしての活躍も忘れてはならない。150以上の映画やTVシリーズに出演。アクションや代役を務めている。主な出演作品は以下のとおり。
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スタントンは、パーソナリティーとしても活躍。以下は主な出演番組・雑誌など。
チャリティー活動も積極的に行う。彼の目標は非営利団体での活動を通し、「病気と闘う人たちをサポートし、生きる喜びを味わってもらうこと」。詳しくはwww.4Caring.org。