DRIVERS

IndyCar Series
佐藤琢磨

Grand-Am Series
ロジャー・安川

NASCAR Series
スタントン・バレット

img

佐藤琢磨

Takuma Sato

Takuma Sato

佐藤琢磨はKVレーシング・テクノロジーからロータスカラーのカーナンバー5番で2010年IZOD インディーカーシリーズに参戦する。

「Taku」の名で知られる佐藤琢磨は、以前F1で7シーズンの経験を積んだ東京出身のドライバーで、現在33歳。2010年には彼にとって初めてのシーズンであるインディーカーシリーズに、初エントリーはKVレーシング・テクノロジーから参戦する。

佐藤のキャリアは日本での自転車競技から始まった。1996年にカートレーシングを始め、1997にはカート関東地方選手権を制覇。同年に鈴鹿サーキット・レーシング・スクールへ入学し、全日本F3選手権への奨学金を獲得するが、フォーミュラ1への夢を追い求めたいと考えた佐藤はヨーロッパへと移住する。

 

1999年、本格的にレーシングを開始した佐藤は、ダイヤモンド・レーシングからフォーミュラオペル・ユーロシリーズとイギリスF3選手権ナショナルクラスBに参戦。フォーミュラオペル・ユーロシリーズでは6位、1勝を挙げ、ユーロカップイギリス選手権では5戦中3勝という結果を出す。7レースのみの参戦となったイギリスF3選手権ナショナルクラスBの際には、シーズンの半分のみの参戦となったにも関わらず3勝を果たし4位を飾った。また、佐藤はAFシリーズのマカオグランプリのサポートレースでもメリタス・レーシングチームからの参戦で優勝。

佐藤はカーリン・モータースポーツチームから2000年シーズンのイギリスF3選手権(クラスA)に参戦。12レースに出場し、4勝、ポールポジション6回、表題台6回獲得、シリーズ3位という結果を残した。カーリン・モータースポーツからはフランスF3選手権での2レースにも参戦し、数々のスポット参戦での勝利のうちの一つを挙げる。佐藤のイギリスF3での活躍はF1チームらの注目を集め、ジョーダン、またブリティッシュ・アメリカン・レーシング(BAR)のテストへのきっかけとなる。

その後前年に引き続きカーリン・モータースポーツから2001年イギリスF3選手権シリーズに参戦。見事チャンピオンに輝くが、その中でも24レース中12勝、ポールポジション6回、表題台17回獲得といった活躍を見せた。イギリスF3選手権においての佐藤の2シーズンに亘る16勝という記録はいまだ破られていない。更に、カーリン・モータースポーツとBARのF1テストドライバーとしての参戦でF3マカオグランプリ、イギリスF1グランプリサポートレース、そしてザントフォールトでのマルボロマスターズも制する。

2001年10月、佐藤のF3ドライバーとしての実績に伴う才能とBARでの活躍が評価され、ジョーダン・ホンダのドライバーとして2002年のF1シーズンに参戦が決定。初シーズンで17レースに出場した佐藤は日本の鈴鹿での決勝5位、および初のF1ポイントの獲得を成す。

2003年、佐藤はBARホンダにテストドライバー、またサードドライバーとして移籍。シーズン最後のレースの鈴鹿にて急遽出走が決まった佐藤は6位入賞を飾る。

2004年、BARホンダのレギュラードライバーとしての活動を開始。上位10位での10回の完走のうち5回は上位5位で完走、また、表題台1回獲得、アメリカグランプリのインディアナポリスで3位入賞など様々な活躍を見せた佐藤は、ドライバーズランキングでは8位にランキングし34ポイントを獲得。F1でのベストシーズンとなる。

2005年、苦難の連続であるBARホンダからの引き続きの参戦で、サンマリノグランプリでは5位入賞を果たしたかと思われたが、マシンが規定違反の判定を受け2レースの出場停止処分を受ける結果となった。しかし佐藤のたゆまぬ姿勢が実を結び、同シーズンのベストとなったハンガリーグランプリでの8位入賞とその他計3回の上位10位での完走を遂げる。

2006年、佐藤は日本レース界においての伝説的人物であり、佐藤以前に日本人ドライバーとして唯一F1での表題台を獲得したことのある鈴木亜久里が率いるスーパーアグリ-ホンダに移籍した。チームとして成長していく上での様々な困難に直面していた新しいチームからの参戦となった佐藤だが、ブラジルでは無事に上位10での完走を果たした。

引き続き2007年もスーパーアグリ-ホンダから参戦した佐藤は、17イベントのうち、カナダグランプリで見事6位に入賞し、2回の上位10位での完走を果たした。2008年のシーズンは、スポンサーからの資金支払の滞りによるスーパーアグリの深刻な資金難と共にスタートした。チームは開幕後わずか4イベント後にF1撤退に踏み切ることとなり、結果佐藤はシートを失う。

2010年、KVレーシング・テクノロジーから、歴史あるグリーンとイエローのロータスカラーのカーナンバー5番で参戦することが決定。IZODインディーカーシリーズは今回が初シーズンとなる佐藤にとってこれまでに積み上げてきたF1での経験は、ブラジル、アメリカ、カナダ、日本でストリート、ロードコース、オーバルコースをドライブする上で大変役立つものと考えられる。