Carfax 250

2008.08.25(月)

news_080816_01.jpg それは1896年、ミシガン州デトロイトから48キロ離れたガレージでの出来事でした。ヘンリー・フォードがかの有名なモデルTの前身となる四輪自動車を完成させたのです。112年後、フォードやジェネラルモータース、クライスラー本社に程近く、137,000人を収容するミシガン・インターナショナル・スピードウェイではナスカーレースが開催されました。インターラッシュ・レーシングチームは、#30カーを運転するスタントン・バレットで参戦。インターラッシュのアフィリエイトを代表して、CEOのマーティ・マシューズがこのエキサイティングなイベントに駆けつけました。

前日2回の練習走行を終えた土曜の朝、本選に参加する43ポジションを争って47台で予選が行われました。午前10時40分、予選がスタート。ドライバーの控え室であるトレーラーで、スタントンとマーティはテレビの全米中継を見ていました。スタントンがこの大事なタイムトライアルで他のドライバーがどのようにアプローチしてくるかを分析するためです。予選走行の順番は無作為に決められ、実際走行する時のトラック状況がスタートポジションを大きく左右します。順番が早いほど、トラックの温度が低く、よいタイムが期待できるのです。スタントンの予選走行は44番目にようやく行われました。最初の予選走行が始まって1時間以上経ち、トラックの温度もかなり上昇、ラップタイムにも影響があるほどでした。インターラッシュ・レーシングは3.2キロのS字型オーバルコースを平均時速290キロで予選を終え、驚異の25番手を獲得しました。

news_080816_02.jpg 予選終了後、すべてのレースカーはレースまでに何の調整もできないよう隔離されます。スタントンとマーティは午後1時30分のドライバー・ミーティングに出席。チームにおいてのルール説明を受けました。午後3時、会場の観客と何百万人ものテレビの前のファンに向けて、ドライバー紹介が行われました。アメリカとカナダの国歌斉唱が終わると、各ドライバーはどらーバーズシートに着き、「ジェントルマン、スタート・ユア・エンジン!」の合図を待ちました。世界一速い43台のエンジンが一斉にうなりだし、会場の興奮度もどんどん高まります。

そんな中、インターラッシュ#30カーは25番手、13列目の内側、18台を率いてピットから出てきました。レース2周目、2台を巻き込んでのクラッシュが起きました。その一台は修理が終わってレースに戻るまでなんと90分を要しました。スタントン・バレットはコントロールされた走りで順位を12位まで上げていきました。しかし、ピットクルーが基準に沿って車輪を取り扱わなかったとしてペナルティーを科せられてしまいます。それでもスタントンは上位半分に入る21位でレースを終了することができました。

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加えてうれしいお知らせがあります。インターラッシュは予選走行中のテレビ中継で大きく取り上げられました。日本と台湾でのビジネスと、もうすぐアメリカでリリースされるVoIPサービスPHYTTERが紹介されました。本番のレースの間も、インターラッシュカーはその見事な走りとともに何度もテレビに映し出され、ファイナル・チェック・フラッグが振られるすぐ横を走り抜けました。

自動車発祥の地で行われた今回のレースは、ミシガン出身のカール・エドワーズが制しました。

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レーススタート前にPHYTTERを使用しているスタントン