No Attack, No Chance: 佐藤琢磨はいつでも全力で勝負

2010.05.11(火)

日本人であれば大抵小さな頃から、お年寄りを敬い、謙虚な心を持ち、何でも一生懸命頑張りなさい、と教えられるのが普通だろう。“Taku”の名で知られる佐藤琢磨は、日本人としてのこれらの特質を全て持ち合わせる一方で、世界において類稀にしか見られない気質を兼ね備えた人物である。もっと詳しく言えば、佐藤琢磨はどのような障害に直面しても決して夢を諦めない人間であるということだ。

東京の町田で育った琢磨が初めてテレビを通して観たF1(フォーミュラワン)レースは、当時10歳だった琢磨をたちまちそのスピードとサウンドの虜にした。琢磨はいつかは自分もF1ドライバーになるという夢を持ち続けて少年期を過ごしたが、家族や周囲の友達がレースに全く無縁であったため、ミハエル・シューマッハやフェルナンド・アロンソなどのF1ドライバー達が5・6歳の時からカートに乗っていた頃、琢磨がすることといえば、もっぱら表彰台に登る自分の姿を想像することだけだった。

琢磨のレースへの熱意に心を動かされた両親のサポートにより、まず始めたのは自転車競技だった。その後カートでのレースを開始したことが琢磨の後の全日本F3選手権デビューのきっかけとなる。しかし、一流のドライバーとなるためには一流のトレーニングを受けさせる必要があると考えた両親は、世界レベルの優れたトレーナーの下で世界レベルの選手たちを相手にレースが出来るようにという思いのもと、当時20歳であった琢磨のイギリス行きに同意することとなった。渡英後、琢磨はみるみると頭角を現し、フォーミュラ・オペル・ヨーロッパシリーズ、イギリスF3選手権では表彰台を獲得する。

だが、批評家の琢磨に対する目は厳しく、数々のレースでの表彰台獲得や名声高いマカオグランプリなど多数のレースでの優勝を果たした後も、「琢磨のような日本人ドライバーが本当にF1で戦えるのか」「彼にはトップで活躍しているドライバー達のような根性はないのではないか」と確信を持てない様子であった。しかし、2002年、琢磨はついにジョーダン・ホンダのドライバーとしてシートを獲得し、日本の鈴鹿で開催された日本 Grand Prixで本国の大勢のファンたちを前に決勝5位を飾った。

2003年、BAR ホンダへと移籍した琢磨は、その年唯一の参戦レースであったJapan Grand Prixで6位入賞を果たし、自分が世界のトップドライバー達と互角に戦えるレーサーであるということを再び知らしめる。そして2004年、BARホンダのレギュラードライバーへと昇格し、フルシーズンで参戦した琢磨はドライバーズランキングで8位、さらにインディアナポリスで開催されたU.S. Grand Prixで3位に入賞。夢にまで見たF1での表彰台をついに勝ち取り、F1日本人ドライバーとして最高の成果を残した。

その後数年間、資金繰りに苦しむスーパー・アグリチームと共にF1での活動を続けるが、自分のキャリアのために次の世界へと踏みだす必要があると決断した琢磨は、自分にとって初のF1表彰台獲得の地であるアメリカへと再び戻った。琢磨はそこでKVレーシング・テクノロジーチームよりLotus/Hondaのカーナンバー5番でもう1つのワールドクラス・シリーズ、IZOD インディカーシリーズへと転身することを決意する。IZODインディカー・シリーズに転身した琢磨のゴールはただ表彰台に立つことではない。彼の今回の目標は、インディカーレースの優勝者として表彰台に立つことだ。世界で最も過酷で激しい戦いのレースとされ、琢磨が戦い慣れているF1での最速スピードを更に30~50キロ上回る時速380キロを越えるマシンでの参戦では、彼の哲学ともいえる「No Attack, No chance」の精神がゴール達成に向けて闘志を奮い立たせることだろう。

IZODインディカーシリーズは世界で最も有名な3つのオートレースの1つであるIndy500の主催元として知られ、レース当日には40万人の観客と200カ国以上で放送されるテレビを通して4億人以上、さらに現在ではインターネットを通して何百万人といわれるレースファンを惹きつけるとされている。琢磨はIZOD IndyCarシリーズで、アメリカ、カナダ、ブラジル、ベネズエラ、イギリス、スコットランド、スイス、ベルギー、オーストラリア、ニュージーランド等、世界中から参戦するドライバー達と戦う。

Interush Racingでは佐藤琢磨選手のIZODインディカーシリーズ優勝の目標をサポートし、アメリカ、カナダ、また日本、台湾、香港、中国にお住まいの数多くの佐藤琢磨ファンの方々にオープン・ホイールの戦いであるIZODインディカーシリーズでの佐藤琢磨選手の活躍や奮闘の様子をインターネットを通してお知らせしていきたいと考えています。

インターラッシュについて:
Interush, Inc.はアフィリエイト・マーケティングのコンセプトを通して、アメリカを基盤としたテクノロジーを日本においても受け入れて頂けるようにするといった目標のもと、2003年に設立されました。2005年にNASCARレーシングシリーズでのスポンサーとなったInterushは、アジアにお住まいのレースファンの方々に向けてアメリカンモータースポーツに関するニュースをお届けし、さらに2008年には日本のもてぎで開催されるIndyJapanでのスポンサー活動も開始しました。InterushはNASCARとIZOD Indycarの両リーグと密接な関係を保ち、これらのシリーズをより多くのアジアの方々にご紹介していくために取り組んでいます。Interushは今回、オートレース、およびレースが忠実に再現されたオンライン・レーシング・シミュレーションをアジアのみなさまにご紹介するため、iRacing.com社とのマーケティング・パートナーシップを結びました。Interushはまた、Google社とのコラボレーションを通し、Googleアプリケーションの北米・アジア市場へ向けてのマーケティング活動にも取り組んでいます。InterushのIndyCarとNASCAR の車もご覧頂けるGoogleアプリケーションについてのご案内ビデオをGoogleアプリケーションのYouTubeチャンネル、http://www.youtube.com/watch?v=O0BKYoFxHwoにて是非ご覧下さい。

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